去年の9月から、仕事ではありますが個人的興味の元、大学の授業にメンターとして参加しました。
東京科学大学が毎年行うEngineering Design Project(通称EDP)という授業に、パートナー企業のいちメンバーとして参加しました。
EDPは東京科学大学が実施するPBL(Problem Based Learning)型プログラムで、「エンジニアリング × デザイン × 実社会の課題」を通じて、デザイン思考を実践的に学ぶ授業です。企業が提供するリアルな課題に対して、学生チームがユーザー調査・アイデア創出・試作・検証を繰り返し、世の中にない画期的な製品を作ることが最終ゴールです。
社内でメンター募集があった時、久しぶりに母校の空気を感じてみたい、今の大学生と触れ合ってみたいという軽い気持ちで手を挙げました。が、それは想像をはるかに超えた、産学連携教育の最前線を体感することができて、鮮烈な体験でした。
Source: EDP EDPについて https://www.edp.esd.i.isct.ac.jp/about
本質にスティックし、あいまいさとダンスする
実際に試行錯誤し、モノを生み出すのは学生達ですが、約5ヶ月間、悪戦苦闘する学生達を横目で見て時折応援する中で、得ることができた幾つかの大きな学びがあります。
ひとつは、本質をブラさず、同時にあいまいさを乗り越える考え方・マインドセットの大切さです。
私達企業が学生に与えたテーマは「飲食業におけるさらなる省力化・省人化を進めるプロダクトをデザインせよ」でした。既存の仕組みや先例など参考になるものもあまり無く(むしろ知ることが足かせにすらなる)まさに”答えのない問い”です。
そんな答えのないお題に取組まなくちゃいけない学生チームに、先生達が導いた方法は、「ユーザーインタビュー→ユーザーへの共感→問題定義・仮説作り→アイデア出し→プロトタイピング→テスト→発表」のサイクルを高速回転させる、デザイン思考アプローチでした。
Source: 大阪工業大学 ロボティクス&デザイン工学部 https://digitalpr.jp/r/77518
たった1~ 2週間でこの一連のサイクルを一回りさせる。それを何度も何度もぐるぐる回していく。
次々と製品アイデアをひねり出させて、ダメ出し・フィードバックを行うことをひたすら繰り返しました。プロトタイプ製作の最後1か月間を除いて、プログラム前段7-8割の時間はこのプロセスに費やしました。
あらかじめ最終ゴールをしっかりと定め、その目標に到達するためステップを分解して、マイルストーンを事前に計画し、進捗させていくような旧来のプロジェクト実行スタイルとは全く逆のアプローチに、私もそうですが生徒さんは大いに戸惑いました。
「このアイデアもダメかぁ。また、聞き込みからやり直し。。」
「何回繰り返したら道筋が見えてくるんだろう。。」
道中、先が見通せず不安になり、自信を失い、暗澹たる気持ちになった時期が、間違いなく全てのチームにありました。
学生チームのユーザーインタビューに同行
本プログラム11年目、経験豊富な先生達は、パートナー企業の私達にヒントを与えてくれていました。
これまでにない ”Aha!” となる画期的な製品を生み出すには「圧倒的なユーザー共感」と「テーマ、背景の深い理解に基づく問いをたてる力」が重要だということ。それらが無くしては、たとえ製品(プロトタイプ)の完成度が高かったとしても、それは単なる既定路線の延長であり、真のイノベーションにはならないということ、を事前に教えてくれていました。
圧倒的なユーザー共感を得るために学生チームは「我々のユーザーは誰?」「ユーザーは何をどう感じていて、何に困っている?」について、仮説を立てては、直接会って話を聞くということを、何度も何度も繰り返しました。話を聞くだけでは原落ちしないと気付いたチームは、実際にユーザーの業務、タスクを身体を動かして体験し、五感で感じて、まさにユーザーになりきって問題に向き合いました。
先生は言いました。「プロダクトの完成度ではなく、先にユーザー共感度を上げよ」と。
そのためにはインタビューの量と質は言うまでもなく、自分で身体を動かしてユーザーになりきることで課題・テーマに対する解像度が別の次元に上がる、ということを。下図で言う、上の図のような一直線のキレイな行程ではなく、下の図のように行ったり来たりしながらもまずはユーザーとの共感度を上げていく。
Source: 2025年9月12日東京科学大学EDP(Engineering Design Project)産学デザインフロンティアコンソーシアムキックオフ資料
何度も問題を定義しインタビューを繰り返していると、たとえチーム一体となって取り組んでいても、チーム全体があらぬ方向にアイデアが進んでしまうことも数多くありました。
「これって本当に省力化になってるの?」
「これが本当に飲食業スタッフの困りごとなの?」
「これって誰の為?誰得なの?」
チームが、そんなフィードバックを受けたことは数知れず。
表層的なインタビューでの発言につられて、ついつい与えられたテーマとは関連の薄い方向にチーム全体が引っ張られてしまったり。答えのないテーマに取り組む難しさを目の当たりにしました。
隔週で行われるアイデア発表とフィードバック
そんな難度の高い課題において重要だったのは、「テーマ・背景を深く理解し、本質にスティックして良質な問いをたてる力」でした。
今回の授業でも多くのチームが路頭に迷いました。ユーザー共感を高めれば高めるほどテーマへの理解は深まるのですが、それだけだとあらぬ方向に行ってしまう。元々の課題を忘れたり、本当の顧客からずれたり。大切なのは必ず頭の片隅に本質(主題)を置いておく。それをアンカーにしつつ右往左往する。
この授業、スタンフォード大学のLarry Leifer教授のME310という大学院生向けの授業やd.schoolというスタンフォード大学のデザインプログラムが起源だそうです。EDPを一冊にまとめた本「エンジニアのためのデザイン思考入門」に、このプログラムの成り立ちが詳しく説明されています。
その教育プログラムを日本の大学に合う形で東京科学大学に持ち込んだのがEDPプログラムです。そのLeifer教授が、プログラムの中で合言葉のように繰り返していたのが、「あいまいさとダンスする -Dance with ambiguity-」という標語だったそうです。曖昧さの中からアイデアを紡ぎ出す行為をダンスに喩えていて、上手い表現だなあと思いました。
まさに、学生達によるあいまいさとのダンスを間近で見させてもらって、それ自体、画期的製品を生み出す為に通らなければいけない道である一方、それに加えて重要なのは、本質を常に頭の片隅に置いておいて仮説検証作業の反復動作をひたすら高速サイクルで繰り返すことでした。これこそが創造的プロセスなんだなと実感しました。
曖昧さと踊るダンスはお世辞にも楽しいとは言えません。答えがあるか無いか分からない中、出口が見えずまさに暗中模索するダンスです。プロジェクトの最中、何度チームメンバーのため息を聞いたことか。
そんな苦しい行程を支える私達に対して、プログラムの途中、先生からチームコーチングの心得の授業を施してもらいました。
曖昧さと踊るダンスには狙いがあり、「うめき声ゾーン」と呼ぶそうです。
アイデアの発散から収束に向かう途中に訪れる混乱フェーズです。
Source: Sam Kaner, “Facilitator’s Guide to Participatory Decision-Making, 3rd Edition” Published by Jossey-Bass, EDPにおけるTeam Coaching 角征典 2025, Dec 3
画期的アイデアの産みの苦しみである、うめき声ゾーンを乗り越える力を、ネガティブ・ケイパビリティと言うそうです。ネガティブケイパビリティとは、答えの出ない事態や不確実な状況において、性急に結論や解決を求めず、その「曖昧さ」や「分からなさ」の中に留まり耐える能力のこと、だそう。
VUCAが増していく時代において、曖昧さへの耐性はとても重要になってきます。
とりわけ、答えのある問題を解くのが得意で、科学的真理を追究することが大好きである東京科学大生にとっては苦手な部分かもしれません。良く分かります。
ただ、不透明さが増していくこれからの時代、学生のうちにこんな実践的授業の中でうめき声ゾーンの経験を積めるのはとても貴重だし、そんな授業が行われている今の大学プログラムにとても感銘を受けました。
そのような、従来の「問題→模範解答」とは異なるアプローチの実践型授業をより豊かにするため、プログラムには「自然と学生が越境する」ようないくつもの仕掛けが施されていました。
エンジニアリングとデザイン、力を合わせたプロトタイプ製作
プロジェクトチームは5-6名の混成チームで、エンジニアリングを勉強する東京科学大生だけでなく、美術大学、女子大学の学生もメンバーとして参加します。もちろん男性も女性も、国籍も、専門も多様性に富んだチームです。全く考え方、言語が異なるメンバーとひとつのモノを作るのは理解の不一致や違和感、やり辛さがたくさんあったと思います。でもそれを乗り越えて得られたメリットはもっと大きかったはず。自分の専門領域に留まるのではなく、他の分野の生徒と協働する。違う視点や考え方に触れる。プロダクトを作り込む際、互いの得意分野を存分に発揮してカタチにする。メリットは計り知れないものだったと思います。
チームでプロジェクトを行う上で、先生方がもうひとつ大切にしたのは、情報、コミュニケーションの見える化、オープン化でした。生徒だけでなく先生達、我々企業メンター、TAなど、授業に関わる全ての人が同じグループウェア上に集い、オンラインで他のチームのアイデアやプロセスなど全て見られるような環境を用意してくれました。テーマが異なる別のチームの活動もいつでも簡単に覗くことができる。他のチームのアイデアに刺激を受けたり、進み具合に焦りを感じたり。時には、別チームのインタビュー先の斡旋を他グループが手伝ってくれたり。情報がプログラム全体を通り抜けることで、学生達はグループの境界に縛られることなく、思う存分アイデアを拡げ、発散させることができたと思います。
最終プレゼンテーション後のプロトタイプデモ展示の賑わい・熱気
目から鱗の価値創造教育、学び続け変容することの大切さ
5ヶ月間、教授陣をはじめとする先生方、事務局の方々、生徒達と一緒にプログラムに参加させてもらい、私の時代とは全く異なる教育現場の進化を感じました。
理科学系の大学では特に顕著かもしれません。机上での理論をしっかりと固め、体系だった知識を身に付けていくことが学びの王道のような風潮がありました。
でもデジタル化、AI化が進み、より一層不透明さと変化のスピードが速くなる今の時代において、より重要になる力は自ら価値を生み出す力で、そのトレーニングがまさにこの授業であり、今の大学でこのような教育が施されていることは本当に羨ましくもあり、驚きでもありました。
このプログラムの発起人であり指導者でもある先生方が、テックリ宣言なるものを発表しています
260115_エグゼクティブセッション配布資料.pdf
私が大学生の時に学んだことは、まさにこの表左側、青字で書かれたことでした。過去の文献調査、計画的な実験の遂行、ロジカルな分析・考察をして、発表する。
今回、大学で私が目にした教育はそれとは真逆の授業でした。
EDPのプログラムを通じて、生徒に伝えたかったことはまさにこの宣言の右側にある、オレンジで書かれていることでした。現場での観察、対話を通じて、直感を信じてアイデアを発散させ、チームとして納得感をもって判断を行い、意思決定していく、そんな鍛錬の場としてのプログラムでした。
まさに、EDPが生徒達に施していた教育は、AIで置換不可能な真の意味でのナレッジワークであり、来たるAI時代において価値を作り出す側の人間になるための実践的トレーニングでした。
東工大改め、東京科学大本館
卒業後、20年以上ぶりに訪れた大学。正面に立つ本館、桜並木、70周年記念講堂。(EDP最終発表会がこの講堂で行われたことも感慨深かったです。最終発表会の様子はこちら)
それらは、昔ながらの佇まいでそこにありました。
70周年記念講堂
しかしその変わらぬ建物の中で行われていた教室は、以前のそれとはまったく違う、時代の変化に適応した最前線の人材育成実践現場でした。
当たり前かもしれないけれど、教育現場も時代の変化とともに変わっていて、最先端の教育を受けた優秀な生徒達が、卒業後、企業に送り込まれてきます。
そんな若い勢力に後れを取っちゃいけないし、そのためにも彼らを見習って学び続けなきゃならないし、学習によって常に自分をアップデートしていかなきゃいけないな!
このプログラムに参加させてもらい、ちょっとした覚醒感とともに焦燥感を覚えました。











