March 24, 2010

【個人輸入奮闘記】2.石橋を叩いて発注

新たに見つけたデュッセルドルフの家具屋には一度も自ら足を運ぶことなく(もちろん担当者がどんな人かもわからぬまま)商品仕様を伝え、その数日後メールが届いた。見積もりといっても費用明細がきちんと纏まった書面といったものではなく、いくつかの数字がメールの文面にベタ打ちされた程度のものだった。記載されていたのは、商品代金、船便の輸送代など最低限の情報のみ。出てきた見積もりの額は予想通り、日本の大塚家具で調べた見積もりから半額近い値段であった!取引の額が額なのでその差は大きかったが、日本価格との安さだけで跳びついてはいけないと自分に言い聞かせ、ありとあらゆる考え得る質問を担当者になげた。
(以下質問と回答)

- 製造と輸送にかかる日数は?
製造に8週間、船便の輸送に約6週間(実際は発注から日本到着まで約半年かかった)

- 完成製品の梱包方法は?
商品を木枠で覆う(upholstered)梱包…€110

- 頭金と残金の支払方法は?
頭金として€2,000、残金は商品が完成した時点で請求

- 商品代金に付加価値税(VAT)は含まれているのか?VATの払い戻しは可能か?
商品代金にVAT(19%)は含まれる。払い戻しは可能とのこと
ドイツではVATとして19%もかかる為、この払い戻しは非常に大きい。諸事の理由から、商品代金からあらかじめ先方で、その19%を割り引いた価格で見積もりを出しなおしてもらった)

- ドイツ側の通関費用は?
少しかかるとのことだったが、なぜか請求には含まれておらず、商品代金内で吸収してもらえたのかも!?

- 輸送の際の紛失・損害保険は?
保険は紛失・損害をカバーし、商品総額の0.25%(安すぎる気がした。結局この保険代も最終請求に含まれていなかったので、運送に際し保険に入っていたのかすら謎。)

- 日本のどこに到着するのか?到着したらどうやって知らされるのか?
東京に到着。どうやって知らされるのかについては、最後まで分からなかった。。

全ての事が初めてなので、取引完了までの流れを自分なりに想像するのだが、疑問は尽きない。最悪、お金を振り込んだものの、そのままドロンというリスクも無いとは言い切れない。実際工場でソファーが完成したら現地に赴き、それがきちんとコンテナに入り、船に乗るまでを自分の目で確認しようかとさえ、本気で思った。その迷いを消すがごとく、考え得るありとあらゆる不明点をクリアにしようと、メールのやり取りは絶えることがなかった為、担当者もしびれを切らしたのか、本当に発注する気があるのかと半ばキレ気味だった。(実在するのかも分からない極東の日本人とメールだけのやり取りだったので、向こうの言い分も分からなくもないが、何もキレなくても。。)
費やすこと2カ月余り、いよいよ一通りの質問にメールという記録に残る形で答えが返ってきた。送料・通関手数料諸々を入れても日本での価格より、はるかに安かったので、リスクは重々承知の上、正式に発注することを決心した。発注後、即頭金の振込を済ませた。
約10週間後、商品が出来たので残金を振り込んでくれという連絡を受けた。
さらに待つこと約12週間(言っていたよりだいぶ時間がかかったが、、)とうとう、待望の電話が鳴った。品物がドイツのハンブルグから届いていて、東京は大井の倉庫に保管されているとの旨の連絡が日本の通関業者から入った。注文した仕様通りのものが届いているのか(最悪、箱が空でないことを願って)を確かめにすぐにでも倉庫に行きたい気持ちが先行したが、ここで大きな問題が!!貨物の受け取りに必要な『重要書類』が手元に無かったのである!!
(つづく)

ここだけはおさえよう:
・商品代金だけでなく、梱包費用、輸送費用、現地消費税、関税、通関手数料、保険等、輸入にかかる総額をきちんと発注前に記録に残る形(メールor書面)で出してもらうこと
・くどい(クレイジーな日本人)と思われようともしつこいくらい質問することにより、担当者がどの程度食らい付いてくるか確かめるとともに、こっちも本気であることを分からせる


【参考:http://www.auk.co.jp/knowledge/word/alphabet_b.html


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March 16, 2010

【MBAの歩き方】 2.MBAプログラム選択

前回、MBAを検討するにあたってでは「どうしてMBAなのか?」をきちんと整理し、出来上がった骨太の動機を他の代替手段と照らし合わせることが重要であると説明しました。それでもMBAということであれば、次に直面するのは「ではどのMBAを目指すか?」という疑問です。これは、高校生に「自分にとっての適職とは?」と尋ねたり、結婚を考えている人に「自分にとってベストな、生涯の伴侶とは?」と尋ねるといった質問と同程度に難しい(正解・不正解の無い)問題だと思います。私自身、自分が学んだMBAプログラムがその時最善の選択だったのかは未だに分かりません。(その答えを造りあげているのはまさに今だからです。)唯、現時点で間違いなく言えることはそのプログラムで学べたことに非常に満足しているということです。

正解のない選択肢の中から、自分を最も満足させてくれるMBAプログラムを探し出すには、ランキングやブランド等の一面的な情報に偏るのでなく、本当に自分の「骨太の動機に見合っているかどうかを多面的に」検討することが重要です。数ある検討事項の中から伝えたい重要な検討事項は:

1)プログラムの特徴
2)プログラムのロケーションと使用言語
3)必要期間と経費

です。

1)そのプログラムは自分の学習の興味に合っているか?
MBAと一口にいっても学びの対象は本当に多岐にわたります。ファイナンスから人事・組織論、経営戦略、IT、マーケティング、ベンチャー等々。個々のプログラムによってどの分野に強いのか特徴があります。プログラムがある特定の分野に強いと言われる所以の一つは、その分野で著名な教授がいるということが挙げられます。ノースウェスタン大学のケロッグがマーケティングに強いと言われる所以はフィリップ・コトラー教授がいるからでしょう。ペンシルベニア大学のウォートンがファイナンスに強いと言われるのは看板フランクリン・アレン教授がいるからでしょう。第二にプログラムの立地が挙げられます。スタンフォードがベンチャーに強いのは言わずもがな周囲にシリコンバレーを抱えているからでしょう。特定の分野に強いと言われるプログラムには自然とその分野での学習を熱望するモチベーションの高い学生が集まります。

2)そのプログラム、どこの場所、国で学べるのか?
日本人視点から考えると、大まかに日本語で経営学を学ぶという環境と、外国語(ビジネスである以上英語が主)で学ぶ環境に分けられると思います。ビジネスと合わせて英語を勉強したいという気持ちで、英語力半ばにして英語環境を選ぶのは道中かなりの負担を強いられることになります。出願時のTOEFL・GMATで苦戦を強いられるのはもちろん、授業についていけない、他学生や教授とのディスカッションに入れない、課題が消化しきれない等、ビジネスを勉強するという目的に至る以前の段階でつまずく恐れがあります。英語環境に身を置いて経営学を勉強するには、基本的な英語力があることが前提となります。(出願時にTOEFLなりGMATを要求するのはそういった理由からです。)語学はさておき日本語で経営学について勉強したいという方は、国内のビジネススクールという選択になります。実際、プログラムでの使用言語の違いというのは勉強内容の違いにも関係してきます。国内において日本語で行うMBAは教材として日本語のケースを用いる場合が多くあります。もちろんそのような教材は作者も日本人であることがほとんどなので、必然的にケースに日本の経営エッセンスが詰め込まれています。日本流の経営学を学びたいということであれば、日本語で書かれた日系企業のケースに多く触れることのできる国内MBAプログラムというのは価値があるでしょう。一方、海外MBAの場合はその逆で、使われるケースは世界共通言語である英語で書かれており、様々な著者による多種多様なケースに触れることができます。聞いたこともないような企業でも海外では代表的優良企業を題材とすることも頻繁にある為、その企業についての背景知識のあるなしで読み込みの深さが変わってきます。初耳の企業分析に好奇心が湧き、それを楽しめる人には、課題消化に多少時間がかかるものの得るものは大きいと思います。私の場合、日本でまだ認知度の低い、英国スーパー最大手「テスコ」の店舗展開戦略や香港商社最大手の「利豊(Li & Fung)」のサプライチェーンマネージメントなど非常に興味深いケースに触れることができました。

3)そのプログラムでは期間と予算はどの程度必要か?
具体的な数字の検討も欠かすことはできません。ざっくりですがMBAプログラムも期間と費用でいくつかのカテゴリーに分かれます。


最も費用・期間のかかる欧米トップ・プライベートスクールの2年制プログラムから、短期で費用も抑えられる国内の1年制プログラムまで選択肢は多岐にわたります。やはり留学という選択は大きな投資となってきます。一方、日本での1年プログラムというのは最も小さい投資ということになるでしょう。一言でMBAといってもそのプログラム体系には種々あります。それに加えて各人が費用をどう工面するのか、企業派遣という形で授業料はもちろん生活費の一部まで負担してもらえるのか、もしくは会社を辞め勉強に専念するということで完全に自費で賄う自費留学となるのか、によって選択肢が必然的に絞られるということもあるでしょう。崇高な夢、壮大な動機を持ってMBAの検討を始めたものの、現実的な時間とお金の壁にぶつかって計画が頓挫してしまうという方も多いかと思います。しかし、自らの骨太の動機がMBAでしか成し遂げられないと思えた方には、ぜひそのような制約を乗り越えてほしいと思います。同じような制約条件をもったMBA志願者は世界に五万といて、需要あるところに商機があるというビジネスの基本にもれず、そのような要望に合ったMBAプログラムというのは必ず存在します。例えば、欧米に限らずアジアでも英語で1年のMBAプログラムというものも数多くあります。(図中のその他の国MBAがそれに該当します。)欧米に比べて物価の関係もあり、授業料・生活費が安く済む上、先進国にはない国勢と成長市場におけるビジネスに直に触れることができます。代表的なところでは、欧米のMBAプログラムも拠点を置くシンガポールや成長著しい上海、香港、オーストラリアにももちろん英語による優れたMBAプログラムが存在します。幸いにも企業派遣と自費留学いずれかを選べる立場にある方には次回、その長短について説明したいと思います。

以上の3つのポイントについては、ウェブや雑誌など公にされている情報からもある程度検討することは可能かもしれません。しかしながら往々にして、プログラムの誇張がかった宣伝であったり、ウェブの書き込み情報が古かったり等、情報の公平性や精度が今一つだったりすることもあります。その為、時間が許す限り生の情報に触れ、実際にプログラムの本音を丁寧に調べ上げることをお勧めします。志望に際してモチベーションも上がりますし出願時のエッセイの肉付けにもなります。 使える主な情報ソースとして、1.MBAフェア 2.オープンキャンパス 3.アラムナイ(卒業生)面談があります。

1.MBAフェア
長所:一度にいくつものMBAプログラムがブースに並ぶので、いくつか同時に見て回れる上、比較できる。プログラム・ディレクター、採用担当者などが当日出席の場合もある。
短所:多少宣伝じみているところもあるので、説明担当者によってはプログラムのウリしか聞けない。混んでいて、ゆっくりと話を聞くことができない。相手に印象を残しにくい。
「日本で開催の主なMBAフェア」
QS World MBA Tour
The MBA Tour

2.オープンキャンパス
長所:実際に学び舎となるインフラ(施設など)やその空気を感じることができる。多くのオープンキャンパスでは卒業生とのQ&Aセッションの機会を設けてくれているので直接具体的な質問もできます。最大の利点は、事前にアポを段取っておくことで、プログラム・ディレクターに顔を通しておくことができるということ。後にキーとなるのですが出願選考には通常プログラム・ディレクターが何らかの権限を持って関わってきます。ディレクターによる面接を選考過程に課すプログラムも多々あります。そこで一度でも自ら足を運んでプログラムを見に来たという意欲をディレクターに刷り込むのは非常に効果的です。(時間が許せばですが、海外プログラムを志願する場合には極東のアジアという立地もあり、とりわけ有効となってきます。旅行がてらにでもオープンキャンパスの有無に関わらず、ディレクターに段取りをして、キャンパス訪問することをぜひお勧めします。日本からプログラムに興味を持ちわざわざキャンパス訪問に来てくれて担当者も嬉しくないはずがありません。)
短所:オープンキャンパスの開催時期が限定される。海外だと行くのに時間・費用がかかる。

3.アラムナイ(卒業生)面談
長所:忙しく、あまりお金もかけられないという方にはお勧めです。面談というと固い響きですが、実際はそのようなものでもなく、卒業生との食事を兼ねたざっくばらんな意見交換だったり、体験談の共有だったりします。大学の入試担当者からxxさんという有望な志願者(その時点でその人が出願をしているケースもあるし、見学に来ただけという段階の人もいる)が当プログラムに興味を持ってくれているが、少し会って話をしてくれないか?という形で紹介されるというケースが多くあります。志願者の方にとっても興味のあるプログラムの卒業生を身近に探すのはなかなか難しいようです。そういった場合はぜひ、プログラムの入試担当者に「誰か卒業生を紹介してもらえないか?」と聞いてみて下さい。断られることはまずないものと思います。建前上学校からの紹介であるものの、学外で、半ば非公式に話をするというスタンスですから、プログラムの長所だけに留まらず、改善点や他のプログラムの方が優れているであろう点などより中立的な立場から客観的な話が期待できると思います。(なぜならその卒業生も必ず志願者の方と同じ疑問を持ち、選択に迫られ、検討をしてきたからです。)プログラム卒業生にとってもアラムナイ面談を通じてMBA卒後にもネットワークが広がることは、MBAの最大の恩恵であり、無下に断るということはまずないでしょう。
短所:アラムナイを探すのにひと手間必要。

March 7, 2010

【個人輸入奮闘記】1.商品・販売店の現地視察、敢行するも…




全く無縁・興味のない方には無用かもしれませんが、足かけ1年以上に及ぶ個人的な一大プロジェクトの一部始終を勝手ながら連載したいと思います。未経験にも関わらず、商品の確認から価格交渉、通関手続き、国内運搬まで全て個人で行ったリスク向こう見ずな体験談です。あくまで輸入をする一個人の視点でありプロではないので、私のケース限定ということで情報に偏りがあるかもしれませんがご了承ください。




2008年12月ドイツはフランクフルトにてとある家具屋を訪れた。理由はというと、そのお店は憧れの高級ドイツ製ソファーの正規代理店の一つであったからである。たまたま製造元であるメーカーのホームページに正規ディーラーとして名を連ねていて、フランクフルトに立ち寄る時間が取れた為行ってみることにした。

そのお店はフランクフルト郊外にあり、車のない私はお店まで辿り着くのにだいぶ時間がかかってしまった。お店は家具屋というよりも倉庫に商品を陳列したといったいでたちで、無骨な感じすらかもしだしていた。しかし、そこは正規代理店だけあって、お目当てのソファーはきちんと店舗一角に組まれたブランドコーナーに鎮座していた。商品の質は申し分なかった為、即、齢三、四十といった風体のおばちゃん営業担当者と値段の見積もりに入った。その場ではじき出された金額は商品代金だけであり、今回の目当てである日本への輸入手数料は後ほどにならないと分からないということだった。お店としてアジアへの輸出の経験がないわけではない(台湾の富豪がそのブランドの家具一式をコンテナで運んだことがあると言っていた)という話だった。完全受注生産であるそのソファーの仕様やファブリックの詳細を今一度店員に伝え、また日本帰国後に連絡をすると言い残し、ドイツでの商品、お店、担当者についてのデューデリジェンスを一応終え帰国の途に就いた。

その家具屋は信用に値する感じだったので、日本に帰国後早速メールを送ってみた。ところが、なんと、全く返事が来ない。家具屋に電話をするも実際お店で会った担当者は捕まらない。一気に意気消沈。何だったんだ~、フランクフルト郊外までわざわざ下見に行った労が泡と消えた。こんなことだったらそのおばちゃんのマネージャーの連絡先ももらっておくべきだった。このような対応から、今後の頻繁なコミュニケーションに支障をきたすことが明白だったため、この販売店をあきらめることとした。

振り出しに戻る。再び、製造メーカーの正規代理店リストを漁ることとなる。ウェブサイトの充実度などからデュッセルドルフにある家具屋にターゲットを定め、早速メールで同じ商品の見積もりを依頼した。数ある正規代理店からこのお店を選んだ最大の理由は現地に友人が住んでいたからであった。いざという時には、彼に頼めばよいという心づもりである。彼にその家具屋の評判を聞いたところ、地元でも高級家具を専門で扱う名の通った、信頼できるお店だということであった。その家具屋の担当者は英語が拙かったせいか、少々説明が省かれたコミュニケーションであったものの、とりあえず希望する商品スペックは理解してもらえ、程なく見積もりが出てきた。(つづく)

ここだけはおさえよう:
  • 大きい取引であればある程、取引開始前に担当者に顔を通しておくこと
  • 想定外のことが必ず起こるのが個人輸入。万事に対応できるよう事前に現地の助け船を手配すること


【参考:http://www.auk.co.jp/knowledge/word/alphabet_b.html


【参考:図解 これ1冊でぜんぶわかる! 貿易実務
私も参考にさせて頂いた、ジェトロ認定貿易アドバイザーの方による本格的な貿易実務書です。
専門用語の平易な解説やトラブル事例など大変参考になりました!

March 6, 2010

【MBAの歩き方】 1.MBAを検討するにあたって


MBAを卒業した利点のひとつとして、いまだにそのプログラムの一員であると日々感じることができるということがあります。MBAプログラムの定期的に行われるリクルーティング活動のサポート(説明会・セミナー等での卒業生としてのお手伝い)や卒業生達との同窓会など、卒業後も頻繁にお互いが集う機会がありMBAを核として新たなネットワークがさらに広がっていくという楽しみがあります。そんな中、新たに出会う方々からMBAに関する質問を受けることも多々あるのですが、皆同様な疑問を持っています。プログラムの選定、出願・選好プロセス、学習内容、コスト、ポストMBA等々。これらの疑問の一助となるように、私のMBAにまつわる一連の経験を記録として残し、オープンにしていこうと思います。


1.MBAを検討するにあたって


社会人や妻子持ちの方々も多く対象となるMBAとは費用も時間も労力もかかる人生における一大プロジェクトのひとつです。もちろんその分、得るものも大きいのですが。MBAに行くという大きな“投資”を何の事前検討も無く意思決定を下すということは、間違いとまでは言わずとも、その投資から得られる収益を低減させてしまう恐れがあります。そのような大きな決断である以上、やはり行動を起こす前に一度「どうしてMBAなのか?」ということを深く考え、自らの腑に落とす必要があります。(この棚卸しが甘いと、出願に必須のエッセイの段階で必ず審査官に見透かされ、不本意な結果となってしまいます。)

MBAを志す人には、本音として様々な動機(目的)があるかと思います。例えば、収入を増やしたい、人脈を増やしたい、ビジネス・マネジメントについて学びたい、キャリアチェンジをしたい、将来独立したい、等々。人によって理由は様々だと思います。出願を考えるに当たって、プログラムの特性にマッチした動機(ファイナンスに強いプログラムならファイナンスよりの動機を熱く語る)などは審査官受けしやすいという小手先の術もありますが、この段階での棚卸しの本質はそこではありません。重要なのは、MBAという長く険しい道のりを完走するために、真に納得のできる「骨太の動機」を自分の中にきちんと定めるということです。そのあるなしは後になってMBAから得られるリターンに大きく影響することとなります。出願用のエッセイとして書き起こすには多少の脚色は必要かもしれませんが、ここでの動機固めは別に他人に見せるものではないので自分の中できちんと「どうしてMBAなのか?」を納得ということが肝心です。

私の場合、その軸は「技術者からの脱皮の為、ビジネス・マネジメントの素養を高める」でした。エッセイを考えていた当時、卒業後に今の職に就くなど想像だにしていなかったので、エッセイの内容にはポストMBAまで見据えた具体性はありませんでした。もちろん出願用に脚色をして卒業後の自分をでっちあげることもできたのですが、そこは正直に不確定なものは不確定と割り切って、卒後については言及しませんでした。具体性は欠いていたものの、技術側からマネジメント側へキャリアをシフトしたいという気持ちは強くありました。それはMBA履修中の意思決定(科目選択や課題の取捨選択)だけでなくその後の転職活動の意思決定にも大きく影響することになりました。

そのような動機の軸を不動のものにする為には、もう少し踏み込んで「ストレス・テスト」を行ってみる必要があります。「その目的達成の為には本当にMBAでなくてはいけないのか?」「他の目的達成手段は考えられないか?」を今一度考えてみることです。大きな投資を必要とするMBAではなく、もっと小さな投資で同じ目的を達することはできないか?例えば、MBAへの動機が「食品業界で営業一筋の人がメーカーのマーケティング職にキャリアチェンジしたい」という場合、MBAに行かずとも、転職を重ねることによってその目的に到達することはできないか?MBAへの動機が「収入を増やしたい」という人も、本当にMBAが生涯収入を増やすベストな方法なのか?MBA費用、機会損失、MBA取得後の期待所得を概算でいいので計算してみる必要があるでしょう。どこのMBAか、MBA修得時で自分は何歳か、MBAを適正に評価してくれる職場環境に身を置けるか等、様々な不確定要素でそのROI(投下資本利益率)が大きく変化することに気付くことでしょう。

多角的に他の代替手段も考え抜いた上、選択肢としてMBAが残ったのであれば、私は迷わずぜひ挑戦してほしいと思います。このように熟慮をした上、確固たる動機を持って取得するMBAは後の人生にとって貴重な経験、人脈、思考の幅が得られるまさに“プライスレス”な経験となることでしょう。

March 3, 2010

いままでタダだったものに4,000円/月、あなたは払えますか?(1)


日本経済新聞社は2月24日、インターネット版の日本経済新聞Web刊を3月23日に創刊すると発表しました。注目すべきはその価格設定です。

1)日経新聞定期購読者に対して:月額1,000円 (朝・夕刊セット版地域の購読者は紙・電子媒体合わせて月5,383円、全日版地域の購読者は月4,563円支払うことになる)
2)電子版のみの購読者に対して:月額4,000円
3)日経IDのみを取得した登録読者(非有料会員読者)に対して:月額0円(ただし有料会員限定記事は月20本までしか閲覧できない)

皆さんはこの価格を見てどう思うでしょうか?

価格に対する反応は受け手の立場によって異なります。普段から無料の「日経ネット」(もしくはそれに順ずるニュースサイト)に慣れ親しんだユーザーには4,000円という価格がかなりの高額に感じられるかもしれません。いつも日経ネットの見出しだけ斜め読みしていたユーザーからすれば、会員登録をするだけで、依然タダなのだから何も変わらないと感じるかもしれません。そして、紙媒体の日経新聞購読者はこの価格設定に何を感じるでしょう?今まで(朝・夕刊セット版地域の場合)月額4,383円払っていた分に1,000円を上乗せするだけで、多機能なWeb刊の恩恵も享受できると考える人がいるかもしれません。あるいは、紙の新聞で十分事足りているのでウェブ版には1,000円もだせないと考える人もいるかもしれません。

このようにある商品と別の商品(もしくはサービス)をセットにして提供する手法を「バンドリング」と呼びます。代表的な例が、マイクロソフトのオフィス(ワードやエクセル等、様々なアプリケーションをセットとして販売)やマクドナルドのバリューセット(ハンバーガーとポテト、飲み物をセットとして販売)です。通常、バンドリングという手法は各商品をある価格で買いたいと思っている性格の異なる顧客グループ双方に有効にアプローチする(セット商品を購入してもらう)為に行うということが基本にあります。ここでは議論の単純化のために3)の非有料会員を除外して、朝・夕刊セット版地域の価格に限定して考えてみましょう。

紙媒体の日経という商品が月4,383円、電子媒体の日経という商品が月4,000円、そしてAさんとBさんがいると仮定しましょう(A、B共に日経のサービスの利用は始めてとする)。昔の人間であるAさんは紙媒体の日経ならば月5,000円まで出してもよいと考えますが、パソコンには疎いため電子媒体には2,000円の価値しかないと考えます。それに対して、ネット好きである現代っ子のBさんは紙面を嫌うので紙媒体には2,500円以上は払いたくないが、インターネットは便利なので電子版には4,500円までなら出しても良いと考えます。

商品(サービス)に対してここまでなら払ってもよいとする額を支払意志と呼びます。Aさんの場合、紙媒体に対する支払意志(5,000円)はその商品価格(4,383円)を上回るのでAさんは紙媒体を購読するという意思決定を下します。しかしAさんの電子媒体に対する支払意志(2,000円)はその価格(4,000円)を下回るために、電子媒体に対しては購読しないという意思決定を下します。Bさんについては同様の考察によりAさんとは全く逆の電子媒体のみを購読するという結果になります。この時、日経が二人の顧客から得る売り上げの合計は4,383+4,000=8,383円になります。

別のケースを考えてみましょう。同じ支払意志を持ったAさん、Bさんに対して、もし日経が紙媒体と電子媒体をセットとして月5,383円という価格で提供した場合はどうなるでしょうか?(ここで注目すべきはセットにした価格がそれぞれ単体の価格の合計より値下げされているという点です。)先ほどの仮定に基づいてAさん、Bさんのセット商品に対する支払意志と購読意思決定の関係を見てみましょう。Aさんの場合、紙と電子媒体に対する支払意志はそれぞれ、5,000円、2,000円なので、紙+電子媒体での合計の支払意志は7,000円ということになります。それに対し、セットの割引後の価格は5,383円なので、Aさんはセットを購読するという意思決定を下します。Bさんについても同様にセットに対する支払意志7,000円はその商品価格を上回るので、セットを購読することになります。その結果、日経が二人から得られる売り上げは5,383 +5,383=10,766円になります。なんと値下げしたにもかかわらず、両顧客に対してセットとして両方の商品を売ることができた為、売り上げ増という結果になりました。(しかも商品をバンドリングするだけで何の大きな投資を伴わずとも、3割近く売り上げを増加させたことになります!)

この例にも見られるようにバンドリングという手法は時として少ない労力で、大きく売り上げ増に貢献することがあります。ただし現実の市場はここでのモデルほど単純ではなく、きれいに分け難い様々な支払意志を持った多くの顧客(潜在顧客)が混在しており、また多くの代替製品(サービス)が存在する為、バンドリングを成功させる為には関連市場の包括的な分析に基づいた確かな戦略が必要になります。実際には個々の事例によって異なるのですが、一般的にバンドリングを成功させる重要な要因として以下の条件が挙げられます。

1.顧客群の支払意志が互いに逆の相関関係
2.値下げに耐えられるだけの低コスト構造(もしくは値下げ分サバを読んだ高い定価設定)
3.顧客群の各商品に対する支払意志に基づいた価格設定

日経が狙いとするバンドリングを成功させるためには何が必要か、上記の条件を元に考えてみましょう。

1.顧客群の支払意志が互いに逆の相関関係

毎朝、通勤電車で紙媒体の新聞を読むことが習慣なのでネットを見る必要はないという人もいるかもしれません。逆にインターネットを好み新聞は読まないという人も想像に難くありません。ただしこの顧客が電子版にどの程度支払い意欲をみせるのかは、未知数です。(電子版は無料でなくてはダメという人たちの為に3)の非有料会員を設けたとも考えることができます。)取り込みたい各々の顧客群の支払い意志が大きく異なるほど、それぞれの顧客群がバンドリングされたセット商品を購入する条件をクリアしやすくなり、バンドリングから得られる効果は大きくなります。この日経の例の場合、紙派のAさんタイプと電子派のBさんタイプの支払い意志はどの程度異なっているのか?両者の支払い意志が同程度ならば、どうしたら2者の支払い意志を乖離させることができるのか?例えば、情報収集効率やバックナンバー閲覧等の電子媒体ならではの付加価値をうまく伝え、一方の支払い意志を引き上げる(それなりにお金を払ってもいいと納得させる)必要があります。

2.値下げに耐えられるだけの低コスト構造(もしくは値下げ分サバを読んだ高い定価設定)

バンドリングにより割り引いてもなおかつ黒字を保つためにはその下げ幅に耐えられるだけ商品自体が低コストでなくてはいけません。私は門外漢のであり紙と電子媒体の新聞のコストについてはよく分からないので、このバンドリングによる値下げ幅がコスト面から妥当かどうかは判断がつきません。しかしながら、一つ考えられることは電子媒体単体の価格設定が値下げを許容できるように“意図的に高く設定された”のではないかということです。私のような素人からみても、紙面に比べて原材料費・流通原価のかからない電子媒体が紙媒体と同程度の4,000円台の価格がつくとは到底思えません。ところがこの4,000円という設定がかませ犬で、バンドリング割引によるセット購読への誘導を狙った仕組まれた価格だとすると、その理由に納得がいくでしょう。

3.顧客群の各商品に対する支払意志に基づいた価格設定

バンドリングをしたセットの価格を5,383円に設定した根拠は何でしょうか?互いに選好の異なる顧客群の両方に対して紙と電子媒体両方を売ることによって売り上げ増加を狙いたいと考えた場合、それぞれの顧客群がそれぞれの製品に対して幾らまでなら払えるのかを的確に把握する必要があります。紙好きの顧客とネット好きの顧客それぞれが、紙媒体、電子媒体にいったい月幾らまで出してもいいと考えるのかを正確に把握する必要があります。ここに価格コンサルタントが介入する理由があります。現に日経もこのWeb刊にビジネスの舵を切るにあたって、かなりのお金と時間を費やして第三者機関の協力を仰いだことは想像に難くありません。そのリサーチ・分析の結果、コストを下回ることなく顧客の取りこぼしを最小化するバンドリングの価格として月5,383円という値段を設定した(実際には紙媒体は据え置きでウェブ版を1,000円まで割り引いた)ということになります。

このように、今回の日経のネット版への課金の一件をバンドリングという視点から紐解くと、日経のもくろみがおぼろげながら見えてきます。

日経は決して新聞からの収益を切り捨てネットに特化しようとしているわけではなく、電子版というおとりをうまく利用して、新聞とネット両方の媒体を(しかもこの場合、既存の日経ネットは無料だったので、セット化による実質的な値上げ策で)売っていこうという貪欲な作戦と見てとれます。現に記者発表の席で喜多恒雄社長は「紙と電子版は共存関係を作れる」、「紙の新聞の部数に影響を与えないということを前提に価格を模索しました」と述べています。マクドナルドがポテトとハンバーガーの巧みなバンドリングで客単価を上昇させ売り上げ増につなげたように、日経も紙と電子版のセット販売で売上を増やすことができるかどうかその今後に注目です。

[出典:Business Media 誠]