September 18, 2018

次世代計算機講座(IPA主催)で最先端を感じる

次世代計算機の最有力候補として注目される量子コンピュータが今現在、どこまで研究・開発が進んでいるのか知りたく、本を読みそして9月15日(土)「情報処理推進機構(IPA)」主催の「次世代計算機講座<入門編>」セミナーに参加してきました。
雨にもかかわらず、100人の定員は満員で会場の座席もほとんど空席がなかったです。セミナー中に講師が、参加者のバックグラウンドを聞いたところ、物理と情報がだいたい半々くらいでした。

入門編ということで、京都大学 藤井先生早稲田大学 田中先生による原理のお話に始まり、企業研究者(富士通、日立)による開発状況まで幅広く知ることができました。
※上記リンク先にそれぞれの先生がスライド、講義ノートを公開してくれています

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量子コンピュータは今どこまで来ている?


京都大学 藤井准教授 スライドより

・1994-1999年の理論の確立と固体素子での量子ビット作成成功が第1期ブーム。それを受けて2011年、量子アニーリング方式の実機開発にD-Waveが成功してから、現在の第2次ブームが始まる。以降、Google、IBM、Microsoft、Alibabaや日本企業による開発競争が加速している。

・量子アニーリング方式においては、D-Wave2000Qが2000量子ビットまで来ている。全ての素子が動いている訳ではないが、一定の組み合わせ最適化問題に対しては、圧倒的な計算速度と省電力性が実証されている。

・万能量子計算を目指す汎用型の量子ゲート方式においては、現在はNISQ(ノイズのある中規模量子計算)デバイスの50bitの量子コンピュータの実現が見えてきた。あるロードマップによると2025-2030年頃には100-200量子ビットまで到達し、量子化学シミュレーションが実用レベルになってくるとのこと。1

・ノイズ低減の為、サンプリング以降の計算ステップはこれまでの古典コンピュータに任せる量子古典ハイブリッド方式について研究が進んでいる。

・同時に、比較的簡単に問題を組めるミドルウェアの開発環境も整いつつある。

何が課題?

・ハード:量子アニーリング方式においては、量子ビットが全結合していないキメラグラフ問題。汎用的な問題への拡張。量子ゲート方式においては、ノイズとの戦い。計算ステップ数とビット数の増加に伴いノイズが増大、精度が出ない。

・ソフト:それぞれのハードに応じた(イジングモデルへの)問題の焼き直しが必要。グラフ変換がムズい。

課題を越えた先には何がある?

藤井先生曰く、量子コンピュータが得意な問題は二つに分類される:
1)そもそも量子と直結する問題(量子化学計算、創薬・材料開発等の物質系シミュレーションなど)
2)量子と関係ないけど、都合の良い構造がある問題(素因数分解、PCA(主成分分析)、SVM(サポートベクターマシン)、クラスタリング、レコメンドシステムなど)

課題を克服していければ、例えば、こんな問題が解けるようになるそうです
・階層的リスクパリティ(HRP)問題 銘柄を相関関係で2つに分類。分類を繰り返してツリー構造を作成、ツリー構造に合わせて投資割合を決定(リスク分散最適化)ポートフォリオのシャープレシオ最大化に寄与
・がん放射線治療における照射最適化 照射領域や照射量を変化させ腫瘍の形に適した照射を実施 がん部位には一定量以上、正常な部位には一定量以下の照射
・生産管理スケジューリング 仕事完了までの時間を最小化
・量子マネー
・強固なセキュリティー認証
・量子コンピュータで1024bitのRSA暗号を破ることはできるか? ゲート方式で1-10憶bitが必要と言われており、上記の課題を解決しながらの実現はかなり難しく実現の目途は経っていない1
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量子コンピュータが広く現実世界に影響を及ぼすようになるカギは、AIブームがそうであったように、影響力のあるプレイヤーによるインパクトあるパブリシティーにあります。実機商品化を受け、ITジャイアントであるGoogleによる1億倍速かったというその性能検証結果発表が今の第2次ブームの世界的うねりを作り出しました。アメリカ、カナダの北米が中心だった開発競争に、Alibabaといった中国のプレイヤーが参戦して状況は加速しつつあります。
四半世紀前にインターネットが登場し世界のコンピュータが繋がり、その後第3次AIブームと呼ばれる機械学習・ディープラーニングでコンピュータが自ら学ぶようになり、世の中は大きく変化しています。便利になると同時に、人間じゃかなわない(やっちゃいけない)コンピュータが圧勝する領域があるという事実を突き付けられました。
科学技術の進化は止まりません。課題を乗り越え、早かれ遅かれ量子コンピュータは、世の中を大きく変えるコア技術となるでしょう。これまで解けなかった問題を解くことができる機械の登場により、これまで以上に人間はコンピュータとの付き合い方を考えなくちゃいけなくなります。人は人らしく、コンピュータはコンピュータらしく、進化、共生を続ける未来にワクワクすると同時に、おいてかれちゃいけないなと思いました。


1. SCAT LINE104 2018 January, 量子アニーリングによる量子コンピュータの現状と将来 東京工業大学 西森 秀稔 教授

September 12, 2018

知能の限界の壁を量子がすり抜ける!(量子コンピュータが人工知能を加速する)

次世代計算機の最有力候補として今とってもアツい量子コンピュータ(Quantum computer)。私が初めてこの言葉と出会ったのは20年前、当時大学で共に物理を学んでいたクラスメイトからでした。
(こう言うと怒られますが)彼はあまり授業に来ずに、コンピュータ関係の仕事に没頭し、たいてい見かけるのは飲み会の席。忘れもしません、酔った席でいつも彼は言っていました。「量子コンピュータは計算機を根本から変える力がある」「その研究がしたいから西森研に入る」と。

知識も未来への洞察力も持ち合せていなかったその時の自分は、なんか凄そうだけど、その実現には100年かかるんじゃない?とか、
もしそんな超高速な計算機ができたとしても何をもたらしてくれるの?とか、雲を掴むような話としてしか記憶になく、「量子コンピュータ」という言葉と、可能性に対する彼の熱意だけが記憶に残りました。


それから約15年後、私だけでなく多くの研究者の予想を裏切って、2011年カナダのD-Waveという企業が量子コンピュータの製品化を実現しました。
当時、学界では、量子コンピュータはそんなにすぐに簡単に作れるはずがないと言われていて、D-Waveも得体の知れない怪しい物体として、研究者は近づいちゃいけない対象として疑いの目で見られていました。

潮目が変わってきたのは、2015年、D-Waveをお試し購入したGoogleとNASAがその性能評価を行い発表したのです。量子コンピュータのいち方式である量子アニーリング方式を採用したD-Waveマシンで、"ある特定の問題"を解いた場合、従来のコンピュータと比べて、D-Waveは1億倍高速だったと結論付けたのです!1
10倍でも100倍でもなく、1億倍速いという結果を受け入れるには、「得体の知れない怪しい物体は、本当に量子力学の原理に基づきそれを具現化した量子コンピュータである」と結論付けるしかありませんでした。
学生だった当時、自分が生きている間に実現するとは到底思えなかった世界が現実になったことに驚くとともに、人類の英知と科学技術の進化に本当にワクワクします。そして、その量子コンピュータのいち方式であり、現在唯一製品化を果たしている量子アニーリング方式を提唱したのは、他でもない彼がその理論の可能性に惚れ込んだ西森秀稔先生だったのです。

そんな感慨深い思い出から、西森先生の著書「量子コンピュータが人工知能を加速する」を手に取りました。
「式を使わずに量子コンピュータを語るのは両手両足を縛って徒競走に出るのに等しい」とあとがきに書かれている通り、数式を一切封じて、理論を説明するのは骨が折れる作業だったことと思います。それでも、一般読者にも分かるように目線を合わせ、丁寧に量子力学の基礎から解説してくれた本書を読んで、夢が現実になった量子コンピュータに更に期待を膨らませることができました。

量子コンピュータとは、情報科学の深化に伴い人類に立ちはだかる問題「計算能力の限界」に対する、ポストムーア2の方向性を指し示す一つの道筋であり、計算機科学における真のイノベーションとなる可能性を大いに秘めています。

「5年後には北米で一大産業が立ち上がる可能性もある」

コンピュータがこの世に登場してから70年。これまでの計算機とは全く異なる原理の新たな計算機が生まれようとしている瞬間に立ち会える喜びと、それが私達の暮らしにもたらす可能性を考えるだけで心が踊ります。

量子コンピュータとは?っていう原理や性能、課題については、本書やインターネットの解説に譲るとして、量子コンピュータの扉を開いた、革新的理論の発案者である西森先生の物理学者としての視点と考察が、本書の至る所にゆらいでいました。特に興味をもった点について触れたいと思います。

①理論と応用がほとんど背中合わせの研究分野
理系の世界は、理論と応用が良くも悪くもしっかりと分かれています。日本の大学において象徴的で分かりやすいのが、「理学」と「工学」が学部という組織で分け隔てられている点です。
「サイエンスとエンジニアリングは別物で、基礎的な科学を研究するところと、実社会への応用を研究するところがはっきりと線引きされている」と、言います。もちろん、区別されている事には一長一短あるのですが、量子コンピュータの世界は、理論と応用の距離が近い領域で、境界のあいまいさが特徴です。
西森先生は、物理の世界で言う「理論屋さん」です。彼の武器は、紙とエンピツ。巨大な実験設備とかは「実験屋さん」の職域です。そんな西森先生が、頭だけで机上で、発案した理論が、たった15年も経たない内に、現実モノとなり世の中に登場することができたのは量子の性質(=自然現象)を上手く、計算に利用したからです。
最近は生物や化学の分野で、大学発の起業家など新興ベンチャーが立ち上がる例は多くみられますが、机上色がより強い物理や数学の学問領域から、直接的に世界を変えるような新技術が登場するようになってきたことは、大きな変化です。社会や世の中がモノなど有形よりも情報やデータなど無形に重きが移ってきている一つの表われなのかもしれません。

②狙ってできることではない。純粋な学問的な興味が革新的イノベーションにつながる
世界中のIT企業がこぞって先行開発を競う量子コンピュータ。
「量子アニーリングはもともと社会の役に立つかどうかは意識しない、純粋に学問的な興味から生まれた」と、先生は言います。
「本当に世の中が変わるブレイクスルーは、損得勘定や打算的な計画などからは決して生まれません。そんなことは一切気にせず、好奇心の赴くまま我を忘れて没頭する集中力の中から生まれてくる」と言います。
別の例ですが、「ニュートリノの観測」でノーベル賞を受賞した小柴教授は、ノーベル賞受賞インタビューにおいて、「その研究は何の役に立ちますか?」というメディアからの陳腐な質問に対して、快活に「全く役に立ちません」と断言したそうです。
損得勘定を前提していると、その結果出てくるものは想定の範疇を大きく超えることはありません。その意味においても、無邪気な基礎研究の大切さが、この量子コンピュータの世界でも実証されました。研究機関における成果に対する考え方だけでなく、西森先生はこう言います。「1年や2年の短期的なリターンを追求するのではなく、中長期に渡る大胆な投資をするダイナミズムを、かつてのように日本企業に取り戻してほしいと願っている。」と。

③日本の強みと更なる飛躍への処方箋
日本の研究者にとって、精緻さ、厳格性は強み。これまでも緻密さを活かして新しい理論や発見を打ち立ててきました。ただ、緻密さにこだわりすぎると社会への好影響の機会とその循環による研究環境の進歩のチャンスが失われる、と本書は指摘します。
また、日本は(最近はその衰えを危惧する声もありますが、)基礎研究力はまだまだあるものの、その製品化力が不足しているそうです。その理由の一つは、世界と比べて、起業家精神の厚みの違いと、破天荒なベンチャーを支える太っ腹な投資家の不在、だそうです。D-Waveについては、そんな条件が揃っていたからこそ、100年かかるといわれていた夢の物体がわずかの時間で現実のモノとなったのです。
量子コンピュータの分野に限らず、将来日本がキーとなる新技術のムーブメントの中心であり続ける為には、大学や研究機関からビジネスが産まれる素地が不可欠だと思います。
例えば、理系の修士カリキュラムでMBAにあるような「ベンチャー企業と起業家精神」といった科目を必修授業とするとか、大学職員に対しても柔軟な勤務条件など自らがビジネスを立ち上げられる事業化支援策が必要だと思います。サイエンスとビジネスの融合なくしては夢はカタチになることなく夢のまま終わってしまうのです。

突如現れた、人類の知能の地平線を押し広げる可能性がある量子コンピュータ。その原理の発案者であり、今持って最前線で研究を続ける西森先生は言います。

「D-Waveが、量子コンピュータ開発の新たな方向性を示して大きな流れを生み出したことは間違いない。だが、ゴールはまだ遠い。新たな試合のルールが分かってきたところであって、本番はこれからだ。」

興奮冷めやらぬまま、今週土曜日その最前線に触れる為に、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)主催の「次世代計算機講座」に参加します。次回は最前線について書きたいと思います。

続く...


1. D-Waveの量子コンピュータは「1億倍高速」、NASAやGoogleが会見
2. インテル創業者の一人であるゴードン・ムーアが提唱した「半導体の集積率は1年半毎に倍になる」という予測。その「ムーアの法則」の限界説が議論されている


量子コンピュータが人工知能を加速する
西森秀稔・大関真之

August 27, 2018

Queensland: Glorious days with lovely friends in Sunshine State

Brisbane & Sunshine Coast (Day 9 to 17)

飛行機で東に飛ぶこと4時間。大陸を横断し、クイーンズランド州ブリスベンにやって来ました。
西オーストラリアは冬らしくとても寒かったですが、クイーンズランド州はさすが「サンシャイン・ステート」と言われるだけあって、滞在期間中ほとんど快晴、気温も季節を疑うほど日中は暖かかったです。
Brisbane riverside
Brisbane city
ブリスベンの街自体は海岸に面している訳ではなく、休日ビーチを訪れるならば、北にはサンシャイン・コースト、南にはゴールド・コーストという2大リゾート地を抱える、オーストラリア第3の規模の都市です。
早速、今回の旅行の目的の一つ、ブリスベンから車で約1時間半北上し、幼馴染が在住するサンシャイン・コーストを目指します。

初日は、長年この地に住む友人も、初めてと言うことで、有名な故「クロコダイルハンター」が設立したオーストラリア動物園に行きました。
Crocodile show
Laid-back kangaroo
さすがオーストラリアだけあって、日本の動物園よりもはるかに広大な敷地に生き生きと暮らす動物達を間近に見て触れあうことができました。街中から離れた森以外何もない場所にある動物園は年々施設が拡張されているらしく、月曜日にもかかわらず多くの来園者で賑わっていました。

サンシャイン・コーストで2泊の後、また別の友人との再会の為、再びブリスベンに戻って来ました。オーストラリア人と結婚して、ここブリスベンで暮らす日本人の友人にお誘い頂き、おうちにお邪魔しました。公園に面した素敵なバルコニーのあるその家は、リフォームしたてで白く眩しく輝いていました。キッチンが二つあったり、日本の普通の家のサイズよりもはるかに大きく、とても広々。こういう環境なら騒音とか心配せずに子供も思いっきり遊べるんだろうなぁ。ゆとりあるオーストラリアの暮らしの一面を見させてもらうことができました。
New Farm Park
写真は、友人家族に連れて行ってもらったブリスベン中心部にある公園。子供達のドックランさながら、みんな自由に放し飼いです。


今回の旅行2か所目のホームステイということで、オーストラリア人の友人宅にお世話になりました。レンタカーでその家に到着すると、奥さんがちょうど家の外にいました。挨拶の余韻に浸る間もなく、彼女は興奮気味に、「はやくはやく。家に上がって!」と勧めてくれました。
ドアを開けて、びっくり!なんと、家の中に我が家の人数分のテントが並んでいて、その壁には"Ryokan"と書かれたサインが貼ってあるじゃありませんか!!キャンプをテーマに、家をまるごと装飾して歓迎してくれたのです。「ようこそ、ブリスベンの旅館へ!キャンプというよりは、グランピング気分で寛いでね!」と、私達を温かく迎えてくれました。


"Glamping" at Brisbane
Camping treats welcomed our family
リビングに上がると、そこには、グリム童話に出てきそうなお菓子がたくさん飾り付けられたテーブルが用意されていました。壁にもウェルカムの大きな文字!ユーモアがあって気の利いた、心温まるサプライズの演出にびっくり、大興奮のチェックインでした。


翌日は祝日ということもあり、家族と皆でブリスベン市内をブラ散歩。市の中心部にある美術館「Gallery of Modern Art(GOMA)」を訪れました。館内は広々と天井も高く、頭上から差し込む光が館内を明るく包む、とても心地よい空間でした。
GOMA
The Library Cafe
Morning tea with Lamington
美術館隣にある図書館併設のカフェにてティータイム。紅茶を頼むと黒い四角状のケーキにココナッツをまぶした、クイーンズランド州発祥のケーキ「ラミントン」が添えられていました。甘いものがそれほど得意じゃないけど、そのチョコレートでコーティングされたケーキは控え目な甘さで、紅茶にピッタリ。とっても美味しかったです。


Ekka: Royal Queensland Show
Rides and Hot-dogs
今回ちょうどタイミングがあったこともあり、友人案内の元、毎年8月に州都ブリスベンで行われる年に一度のお祭り「エッカ(Ekka)」に行くことができました。エッカはクイーンズランド州最大のお祭りで10日間、ブリスベンだけでなく全国から沢山の来場者が訪れる一大イベントです。事前にインターネットで入場券を購入してもらい、いざ突入です。日本のお祭りさながら路面にはたくさん、食べ物やおもちゃ、クラフト品などのお店が並んでカラフルに会場を彩ります。


Colorfully decorated stalls
昔から続く歴史あるお祭りで、元々は農業や酪農などの収穫を祝う感謝祭だったとのことで、会場には、馬や子豚、羊やひよこ等子供たちも触れ合える動物コーナーも充実していました。来場者の交通の便を考慮して線路沿いにお祭りのエリアが設けられているのですが、とっても広い!駅二つをまたぐ程の広さに、数多くの展示会場や移動遊園地など沢山の催し物、来場客で賑わっていました。

Cool looking hotfood stall
Laughing clowns game
Wood chop competition
会場のテントでは「薪割り競争」の真っ最中で、思わず足を止めてしまいました。オーストラリア本土だけでなく、タスマニアやニュージーランドなど各地から巨漢の選手が集って薪を割る速さを競います。皆揃って全身白いノースリーブ姿。スタートの合図で、斧の音が会場に響き渡り、ものすごい速さで大きな丸太を真っ二つにする様子は迫力満点でした。

友人も「エッカに来るのは30年ぶりくらい」と言っていました。地元の大人達にとっては、子供の頃に友達と一緒に見て回った、子供の頃の思い出のようなお祭りなのでしょう。


Kids opening Showbags
会場の奥には、大きなトタン屋根の棟があり、子供達のお目当ての品がずらりと並んでいました。そこでは「ショーバック」という福袋のようなお菓子の詰め合わせバックを売るお店が軒を連ねます。たくさんの子供達がその場で袋を開けて、楽しそうに笑い合っている姿が印象的でした。


夜は、キャンプがテーマということで、近所の友人にも声をかけてくれて皆でBBQ。お腹いっぱいオージービーフを食べた後、焚火を囲んでマシュマロ・トースト。街中にもかかわらず、空を見上げるとたくさんの星が大きく綺麗に輝いていました。


Marshmallow toast

今回ホームステイさせて頂いたお家の旦那さんは、ステンドグラス作家です。自宅のすぐ隣にアートスタジオを構えています。
Glass work studio
Beautifully crafted leadlight glass
「レッドライト(Leadlight)」と呼ばれる、色とりどりのガラスのピースを鉛の縁でつなぎ合わせて模様を作り出すステンドグラスを制作する工房です。スタジオには明るい光が差し込み、部屋のあちこちに散らばる波打つ手作りガラスに光が散乱する、いかにも創作意欲が湧いてきそうな素敵な空間でした。
Decorative entrance door
Beautifully sectioned glass in lead cames
自宅の玄関の真っ白な扉にも、深い色の素敵なレッドライトがはめ込まれ、そのコントラストがとても美しかったです。建築の装飾窓としてのステンドグラスだけでなく、教会の修繕なども行う彼の作品はこちらの公式サイト「The Glass Mandala」からご覧頂けます。



Morning coffee 
Flat white
翌朝、コーヒー中毒を自称する主人が行きつけのコーヒーショップに連れて行ってくれました。韓国人のオーナーが丁寧に入れてくれる美味しいラテを味わいながら、産まれ故郷の話や子供の話、日本に住んでみるのも悪くない等といった他愛もない話に花が咲きました。


週末に合わせて、再びサンシャインコーストに移動し、ブリスベンに住む友達とホテルで落ち合いました。
View of Sunshine coast
Mooloolaba beach
泊まったホテルはサンシャインコーストのビーチに面したホテルで、窓から見渡す限り広がる海と空の青い景色を眺める、それだけで癒される素敵なホテルでした。


夜は「Surf Club」という会員制のビーチ沿いのレストラン&バーに連れて行ってもらいました。
Mooloolaba Surf Club
Love the taps of craft beers
「Surf Club」とは、オーストラリアでは一目置かれる存在の海のライフセーバーの人達に敬意を表して作られた社交場のような場所で、食事もできるし、もちろんお酒も用意され、場内の大きなスクリーンではスポーツ観戦もできたり、小さなカジノもあったりします。いい感じにできあがった年配のオージー達が楽しそうに飲んでいる傍ら、子連れの家族もいたりと、まさに老若男女様々な人で賑わっていました。

サンシャインコーストはリゾート地なので、あまり観光のプランも立てず予定も詰込まずゆったりと過ごしました。
Park lookout at Buddina
Mooloolaba
Harbor-side picnic
Sunset at Noosa River
友人に案内してもらい、海沿いの町をぶらぶらと散歩したり、ビーチで焼き鳥を焼いて食べたり、リゾート地ならではの、のんびりとした豊かな時間を過ごすことができました。


Night view
ホテルに戻ったその晩、友達みんな一つの部屋に集って、修学旅行さながらワイワイと夜通し語り飲みをしました。久しぶりに再開できた友達と、ビール&ワインを飲みながら過ごしたひとときは何物にもかえがたい思い出深い夜でした。

***
今回、久しぶりに3週間もの間日本を離れ、普段の生活から距離を置くことができました。日本暮らしの良い所、オーストラリアから学ぶべきことなどなど、色々と考えさせられ、とても刺激になりました。

オーストラリアは、良くも悪くも大ざっぱ、とっても寛大です。みな口を揃えて”No, worries!”と言います。訳こそ「心配無いよ」ですが、Thank youと言った後の「どういたしまして」みたいな場面でも、皆いつでも"No, worries!"です。懐の広さが言葉となり、挨拶となっています。
人間関係にしてもギスギスした感じが無く、国土の広さ故なのか、いろんな場面で余裕を感じました。経済・財政的な面だけでなく、家の広さとか、就労時間の感覚とか、教育の柔軟性とか生活の到る所で"ゆとり"が感じられました。
逆に、人にしても物事にしても、ある特定の事に突出した、尖った何かを見つけることはそんなには無く(滞在が短かったから!?)、身を削るくらい一所懸命に、一つのことを極限まで突き詰める事などはたぶんオーストラリア人の気性ではなく、より日本人的なんだなとも思いました。


オーストラリアでこれまでお世話になった友達と会うことができ、僅かながらも現地で生活することで、自分そして家族の今とこれからについて色々と思いを巡らせることができました。そんな機会が持てたのもオーストラリアで暮らす友人達のお陰です。お世話になった皆さん本当にありがとうございました!

August 14, 2018

Western Australia: beautiful & peaceful state

Perth, Busselton, Bunbury (Day 4 to 8)

メルボルン前半の3泊を終え、次の目的地パースに到着です。
パースはオーストラリア大陸西側の海岸沿いの都市で、シドニー、メルボルンほど有名じゃないかもしれないけれど、人口も都市圏を含めると約200万人、オーストラリア第4の規模を誇る街です。

前々から使ってみたいと思っていたUberを、今回初めて利用してみました。
Car park area for UBER
空港の電光掲示板とかあちこちでUberの広告を見かけました。
なんと空港のタクシー乗り場の隅の方に、Uber専用の一時停車エリアも完備されています。
完全に、空港と街を繋ぐ交通手段の一つとして、電車、バス、タクシーと同じように選択肢の一つとして共存しています!(日本じゃありえない。。)

実際にUberを使ってみると便利な上に安く、なんでこのサービスがこんなにも急拡大したのかが良く分りました。
ネットさえ繋がれば、携帯のアプリひとつですぐに近くを走っている車を呼ぶことができます。支払いも事前に登録したクレジットカードで自動決済。降車時にドライバーと支払い手続きをする必要がありません。ここオーストラリアでは、乗車料金も、通常のタクシー利用と比べて1-2割程度安く、いやらしいくらい絶妙な価格設定です。
ドライバーの方もみんな気さくな方で、移動中、市民目線でいろいろな話をしてくれました。
というのも、Uberは利用した後にその乗車体験に対して評価を付けます。
総合満足度について星の数をぽちっとするのに加えて、乗車中の会話とか道の詳しさとか
何が評価に値したのかもぽちっとするようになっています。

初めて乗せてもらったその運転手は、中国からオーストラリアに移住してきた人でした。
「(利用者にとっては)タクシーより安くすむかもしれないけど、今回払ってもらう67ドルのうち、Uberは27ドルもマージンを取るんだよ」とぼやいていました。
実に40%近い中間マージン!やり過ぎじゃないかと思いたくなるレベルです。
また、そのドライバー曰く「自分は他にも本業を抱えていて、朝と晩、人の移動が多い時間帯にUberで更に稼いでいる」と。
最も多い日で、(Uber中間マージンを除いた)平均30ドルの乗車を1日20回こなすらしいです。その稼ぎは1日約5万円にもなります!
「自分は、普通のオーストラリア人じゃなく中国生まれだから、朝から晩まで働くのもぜんぜん嫌じゃないよ。」
「(オーストラリアは)住み心地もいいけど、稼ぎがぜんぜん違うからこっちに移住したんだ。」
それってもはや副業の域を超えているレベルです。Uberは遊休資産を活用して小遣いを稼ぐといった程度のものじゃなく、働き方に対して新たな選択肢をもたらした画期的なコトなのかもしれません。

既存産業との軋轢とかきっとあるはずだけど、オーストラリアにおけるUberの社会への浸透度合いを目の当たりにすると、保護主義と自由主義の考え方の間に存在する大きな違いを感じずにはいられませんでした。

The Perth Mint (symbol of mining city)
A day starts early morning
ちなみに今回西オーストラリアを訪れたのは、友達に会いに行く為でした。
去年初めて日本を訪れ、ホストファミリーとして迎えさせて貰った友人に会うためです。
その友人の住む隣町バンバリー市は東京の世田谷区と姉妹都市の関係にあります。市が毎年行う交換プログラムの関係で、去年我が家にホームステイをしてくれたのです。
今回は逆に私達がゲストとして彼女の家にお世話になりました。
彼女は二人の男の子を育てるお母さんです。自分と歳だけでなく、家族構成も同じということもあってか、一緒に過ごしているととても共感できることが多く、日本では気付かないような色々なことを学ばせてもらいました。

Home stayed!
彼女が住んでいるのはバッセルトンという、パースからバスで3時間程南に下った小さな町です。
家の裏手には大きな農場が広がり、野生のカンガルーがのんびりと昼寝をしているような、のどかな田舎町です。

彼女は先生をしていますが、日本にはない独特な働き方をしています。「ホーム・ティーチャー」といって、自らの子供に"自分で"教えるのです!想像したくもないような大事業!!
オーストラリアでは6-16歳までが義務教育だけど、学校に通うという"義務"ではなく、教育を受ける"義務"であり、学校に通わせず家で自ら子どもを教育するという道を選ぶこともできます。

さすが(しかも小学校から高校までの全てを教えちゃうような多彩な)先生だけあって、政治、医療福祉、食、音楽など色々な事を本当によく知っていて、僕達のたくさんの質問にも呆れることなく分かりやすく、丁寧にいろんなことを説明してくれました。
Classroom at home
彼女の12歳になる長男は、一度は公立の学校に通ったのですが、学校教育、集団生活が合わなかったのか、家で学びたいと「ホーム・スクール」を選びました。
彼女自身も、「学校のカリキュラムは効率性、均一性に偏っているところがあって、政治都合の仕組みになっている」と言います。
「子供ひとりひとりの個性と向き合って、その子にあった指導を施せるし、その子が不向きで好きでない事を無理に強いるようなこともない。」と。

また、「全ての子供は生まれながらにして自ら進んで知を広げ、考える力を持っています。先生の役目は全てを施し覚えさせるのではなく、子供の潜在能力を引き出し、自分で世界を探究できるように最初の一歩の手助けをしてあげるだけです。」と言います。
彼女の子供達を見ているとすれた感じがなく、とても素直でのびのびとしていました。
Football game
Wild Kangaroos
Fremantle
Beach in Busselton
Busselton Jetty, inspired Japanese anime "Spirited Away" 
街を離れる長距離バスのバス停に向かう道中、親日家でもある彼女は日本について、こう語ってくれました。
「日本人は繊細で丁寧。精緻さを求める心がその遺伝子に組み込まれているんだよ、きっと。」
「例えば、(お土産でもらった)箱根の寄木細工もしかり、完璧な美を追求する精神が、日本のそこかしこに表れている。」
「そこには、効率性とか生産性とかいう考えはなく、ひたむきに目の前(自分)と向き合い、質を高めたいと思う気持ちがそこにはあるだけ。」

古風な日本の考えとか、ステレオタイプな外国人の日本観とか言いすてることは簡単かもしれません。
だけど、今回の西オーストラリアへのホームステイを通じて、フラット化、少子高齢化、異常気象・温暖化とか、なかなか打開策が見いだせず行き詰まり感が出てきた今、状況を変える一つのヒントになり得る大切な何かを、彼女から指導してもらえた気がしました。


大陸南部で海岸沿いにインド洋の寒流が流れる為、冬らしく、とても寒かった西オーストラリアを離れ、大陸を左から右まで飛んで、次の目的地ブリスベンに向かいます。

続く...

August 7, 2018

Melbourne: a wealthy city with European sophistication


会社から永年勤続休暇を貰えたこともあり、3週間もの夏休みを頂きました。長年行きたかったオーストラリア再訪の旅です。今回はメルボルンに入り、初めての西オーストラリアを回り、ブリスベンを経由して、再びメルボルンに戻る大陸横断の旅!話でしか聞いたことがなかった友人達の住む街の空気を感じるのが、今から楽しみです!

Melbourne (Day 1 to 3)

朝ホテルを出てさっそく、街のシンボル路面電車に乗りました。新型の大きいのも走ってますが、街の中心をぐるぐる周る旧式の小さい路面電車は、可愛らしいデザインで、あのサンフランシスコのケーブルカーを思い出させてくれます。
Flinders Street station in the morning
Free tram in City of Melbourne
このトラム驚いたのは、市内中心部は誰でもタダで乗れるんです。街の市民も、もちろん観光客も。最初にパスを買うのに駅まで行かなくちゃいけなかった僕達にとって、とてもありがたい足になってくれました。
新型の路面電車を見ていると、2022年に完成予定の宇都宮のLRTのことを想わずにはいられません。後世、100年後とかでも、街のシンボルとして市民が誇れる乗物になって欲しいと思うなぁ。
その為にもメルボルンを見習って、タダとかにしちゃえばいいのに。宇都宮の街の宣伝広告費よりも、LRTタダにしちゃつた方が安かったりするんじゃないかなぁ。

フリー・トラム以外にもちょっと散策しただけで街の至る所に"豊かさ"を感じました。
通り、公園、ビーチ、あちこちにごみ箱がたくさん置いてあります。「回収するの大変だろうなー」とか「不審物入れるにも、どのゴミ箱にするか迷うだろうなー」とか邪念が一瞬で吹き飛ぶくらい、街はたくさんのごみ箱であふれています。
また、博物館も学生まではタダ。美術館に至っては大人でさえも誰でもみんな無料です。加えて、市中心部60万平方メーターっていう想像すらできない領域を「VicFreeWiFi」という無料WiFiが飛んでいます。もちろん誰でもインターネット使い放題です。
旅行客には見えないどこかに歪みがあるかも知れないけど、でも、ふとっぱら!さすが、世界で最も住みやすい都市ランキング*において7年連続1位の街だけあるなあって思いました!
*英国・エコノミスト誌「エコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)」調べ
Tram sign
Anybody for free
Never disconnected within the City
「英国より英国らしい街」って言う人がいるほど、街の雰囲気もヨーロッパ。市内の細い路地にはたくさんのカフェがあり、今から約150年前の1870年、メルボルン最古のアーケードとしてオープンしたRoyal Arcadeも今でもとてもきれいに保存されていて、ヨーロッパまで行かずとも、ここオセアニアでヨーロッパらしさを十分に堪能することができました。
Lane surrounded by coffee tables
Beautifully checkered Royal arcade
こっちの季節は冬なので、朝、晩はダウンが必要なくらいの寒さですが、日中、陽が出るととても暖かいです。さすがに海に入れる感じではなかったけど、きれいなビーチでたくさんのカモメと戯れることができました。
St Kilda beach
再びシティに戻ってきました。中心部の真ん中に悠然と構える、ギリシャ神殿のような巨大図書館。オーストラリア最古の「ビクトリア州立図書館」はさすが学生の街、メルボルン。まだ学期中ということもあってか、たくさんの学生が勉強をしていました。建築の秀逸さは言わずもがなですが、こんな環境で学べて、学生生活を送れるって素晴らしい!たくさん学生しましたが、まだまだ学生に戻りたいなぁ、と思ってしまいました。
State Library
Perfect octagon
Student city, Melbourne
Warm reading light
メルボルンには2週間後に戻ってくるので、うしろ髪引かれる気持ちをぐっと抑えて、次の目的地、西オーストラリアに向かいます。

続く...